サラリーマンについて その1

今から20年ほど前、麻野が大学を卒業して就職活動をしていた頃は、会社にはいってサラリーマンになるのは、なんとなくカッコ悪いという認識があった。これは、麻野個人だけではなく、同じ世代の人間全体に、共有されていたと思う。カッコ悪いとまでいかなくても、少なくとも、なりたくてなるもんじゃなかった。しょうがないから就職するというノリだった。

ホントは、学生を続けていたいけど、そうも言ってられない。卒業しないといけない。できるならバンドとか劇団で食っていきたい。作家や画家でもいいし、大学院に行ければ、それでもいい。とにかく、スーツ着てネクタイしめてサラリーマンにならなくてすむなら、それにこしたことはない。でも、そんな才能も根性もないから、リクルートスーツ着て髪切って、マジメなふりして面接に行くのだ。ホントはイヤだけど就職活動するのだ……といった感じ。

「いちご白書をもう一度」という歌は、その頃よりももっと古い歌だけど、「♪ 就職が決まって髪を切ってきたとき、もう若くないさと、キミにいいわけしたね」という歌詞は、すごく実感があった。とにかく、スーツとネクタイ、革靴は、ものすごくみじめな人種になることのシンボルだった。

ちょうど麻野が就職活動をする前くらいに、しりあがり寿の「エレキな春」というマンガが出た。その本に「フレッシュマン狂熱のライブ」という短編が載っているが、このマンガには、その「みじめな人種になることのせつなさ」がにじみ出ている。

以下、あらすじ。

……主人公の男は、学生時代バンドでギターをやっていたが、今はサラリーマン。ひさしぶりに学生街に行くと、大学の後輩から、またバンドをやれとけしかけられる。あおられて本気になった男は、社内でメンバーを募ってバンドを結成。社内旅行の宴会でデビューを実行。派手なメイクをしてシャウトするが、浴衣姿の課長や部長に手拍子され、上司からも「いやあキミたちうまいねえ」と軽くいなされる。結局は、宴会の最中ずっと、他の社員の唄う演歌のバックバンドをやらされてしまうというトホホな話。

これを読むと、当時、サラリーマンという存在が、学生からどう思われていたかが、如実にわかるシーンがある。冒頭の男が後輩と会うシーンを、以下、抜粋する。

●男が遠くからやってきているのを見て後輩同士が
「あれ見ろよ。先輩だぜ。スーツなんか着ちゃって」

●男がつい、「ウチの会社」といったときの後輩たちの反応
「ヒェッ! ウチの会社だって!」
「やたッ! サラリーマン」
「愛社精神、帰属精神」

●上記の会話を聞いている、別の席の学生のコトバ
「まいったな。サラリーマンだぜ……」
「あんただって、あと2年もたちゃーあーなるでしょうにー」

学生は貴族。サラリーマンは奴隷。それも、格好が違うから見ただけでわかる。貴族はジーンズにスニーカーに長い髪。奴隷はスーツにネクタイに七三。

しかし、貴族は知っている。自分もあと数年で奴隷になってしまうことを。だからこそ、見たくない。奴隷の姿を。普段はその事実を忘れていたいのだ。そして奴隷の方はもちろん、貴族の時に自分が奴隷を見てどう思っていたかを知っている。だから学生街にやってくるときは、キョロキョロと卑屈な目になる。

後輩にあおられた主人公が、「ロックシンガーになった自分」を夢想しながら、満員電車の中でほくそえんでいる姿は、悲しくてせつなくて、一度見たら忘れられない。その姿は、間違いなく、ある日の麻野だった。(いや、ワシは別にロックスターにはなりたかったわけではないが)

「若者の夢も希望も、結局は会社という大きな共同体に飲み込まれてしまう」
こむずかしくいうと、この漫画はそういう悲哀を描いている……うーん。文章だとうまく伝わらない。是非、このマンガ、実際に読んでください。他にも傑作ぞろいです。
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by asano_kazuya | 2004-10-05 22:25 | 身辺雑記