ひさしぶりの反抗期気分

「品のいい人と言われる技術」という文庫本を本屋で見かけた。典型的なハウツー本。自分のキャラからもっとも遠いので、かえっておもしろいかもと思って買ったら、ある意味、非常に心揺さぶられる本だった。

揺さぶられ方は2点。

1:過去に人に失礼なことをしたのを思い出し、再度顔が赤くなった。
2:虚礼に対する反感。

1はともかく、2は子供の頃の反抗心がむらむらとよみがえった。

「贈り物は、風呂敷につつんで。渡すときは、自分の方を向けてあけて、相手に向けなおしてさしだすと、品がいい」とか、「お歳暮をもらってすぐに返すと失礼」とか読むと、「超ウゼー!」と、ツバ吐きたくなる。

もちろん、役に立つことも書いてあった。「ふすまや障子は、ヒザをついて開閉するのが礼儀」など、「そういえば、そうだなあ。あえて意識してなかったけど、なんとなく立ったまま開閉することに、粗暴さを感じていたなあ。そうか、基本的には正座で開閉するものなんだ」と暗黙の知識を意識化してくれた。

品をよくすることは、何かとのトレードオフだ。つまり、上品になるためには、他のなにかを犠牲にしないといけない。それはお金であったり、労力で会ったりするが、最たるものはおそらく時間だろう。ヒマといった方がいいか。ヒマがないと上品になりにくい。

たとえば、ビジネスマンの電話の仕方をたしなめる項目で、「顎と肩で電話機はさんで、両手で書類見ながらは品がない」とある。しかし、超忙しいときに、品を優先する社員が職場にいたら、オレだったら怒る。

また、「メールのタイトルが『○○について』だけだと即物的なので、『いつもお世話になっています』を、その前にいれよう」とあるのは、むしろやめてほしい。メーラーのタイトル欄が長くなって不便すぎる。受け取る相手のことを考えるなら、即物的にしてくれたほうが、どんだけ喜ばれるか。

金持ちのボンが、趣味で仕事したりメールかくのならそれでもいいかもしれないが、真剣に仕事してるときに品のよさを優先するやつは、いてほしくない。

それと、礼儀作法の本にありがちなんだけど、方針がダブルスタンダード。
あるときは、「心をこめてやればいい」と、真心主義の方針なのに、あるときは「日本古来のしきたりだからこうするのだ」と、形式主義になる。こういうのって、その礼儀を知らない人、つまり、子供や外国人からすると、混乱する。いっそ、形式主義オンリーで「そういうものだ」といってくれた方がすっきりする。

あと、思ったのが、日本的だなあということ。「いわなくてもわかってくれる。ちゃんとすれば伝わるはず」という思想がこの本の礼儀の基本になってる。「主張=あさましい=品がない」という思想だ。これって、やっぱりドメスティックだよなあ。

当たり前かもしれないが、価値観の多様化は、上品下品の基準も壊していくのだと思った。そうい基準を残すためには、天皇を頂点とする日本がキッチリとしてないとだめなんだろう。あーウゼー。
[PR]
by asano_kazuya | 2004-12-10 11:59 |