橋本治

作家であり、文芸評論家。若い頃の著作「蓮と刀」に、「こころ」の話が出てくる。

確認しようと思って読み返してみたら、記憶と少し違ってた。「私」と先生が同性愛の関係にあるというのは、橋本治のオリジナルの考えだと麻野は思っていたが、実は、土井健郎の「『甘え』の構造」という本が先にそれをいっていて、橋本治は、それを引き合いに出してコメントするという内容だった。

「私」と先生、そしてKと先生も同性愛の関係にある。そのことを土井健郎は「同性愛的関係」といってるが、その言い方がまどろっこしいと橋本治はいう。「的」が不要だと。恋愛において、肉体関係のあるなしを問題にするのは、異性愛も同性愛も同じなのだから、「同性愛=肉体関係あり」、「同性愛的=心の関係のみ」という意味でつかうのは、ホモにたいして差別的だと怒ってる。はっきり、『ホモ小説だ』でいいじゃないか、といっている。

しかし、読み返してみて、麻野は思った。橋本治、漱石は「猫」と「坊ちゃん」しか読んでなかったと書いてある。ということは、土井健郎を読んで、はじめて「こころ」がホモ小説だということを知ったことになる。それで、読んでみて、橋本治も、「こころ」は間違いなくホモ小説だと思った。だったら、表現は甘っちょろいにしても、基本的には同意してるんだから、先に気づいた土居健郎に対して、もう少し、「参考になった」くらいの言い方をしてもいいんじゃないか。

まあ、このころの橋本治は一番元気のいい頃で、こういう、「オヤジ死ね!」的な威勢のよさが味だったから、あまり腰が低いのもアレかもわからんが。

それはさておき、「こころ」は本当は4部構成になるべきもので、最後にもう一度、「先生と私」がなければおかしいとか、両親と私の関係の描き方が中途半端とか、読んでて、首をぶんぶん縦にふってしまう。というか、そもそも、「こころ」は全体の一部でしか扱ってなくて、「蓮と刀」は、他にもフロイトからトーマス・マンから色々ぶったぎってて、今読んでもおもしろい。ぜひ、おすすめです。

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「ベストセラー本ゲーム化会議:こころ編」の脚注です。
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by asano_kazuya | 2005-01-12 12:59 | BGK