どうすればいいのでしょう。

今回は、ですます調で書いてみます。

時々、他人と自分の感覚がどれくらいずれているのかが、非常に気になります。10代や20代の頃のように、それが劣等感やコンプレックスになるほどのことはないんですが、一応は、エンタテイメント産業の末端に従事する人間として、あまりに世間一般の感覚とずれていると、まずいのではないかと思うのです。

世間で騒がれていたり流行っているものが、麻野にはサッパリわからないというものが、たまにあります。たとえばそれが若いアイドルだったりすれば、単に自分が年取ったなあですむんですが、そういうのじゃなくて、もう全国的に受け入れられていたりすると、けっこう悩みます。

ベストセラーや流行映画が自分の好みに合わないというのとも違います。たとえば、「世界の中心で愛を叫ぶ」という小説は、売り上げほどの内容とは思わないんですが、売れる理由は理解できます。マツケンサンバも別にそんなにすごいサンバだとは思わないが、流行るのはわかります。

ええと、まどろっこしくてすみません。本題書きます。ずっと悩んでるんですが、私、村上春樹のよさがさっぱりわからないんです。

サザエさんが国民的なマンガの地位を獲得するのも、水戸黄門が、お茶の間の人気をもってるのも、笑点がずっと続くのも好き嫌いは別にして、理解できます。しかし、ホントーに村上春樹だけはわからない。いや、否定する気はないんです。特に嫌いでもない。読んでておもしろいと思うこともあります。しかし、あれほどの読者を獲得するというのがわからない。

昔は、「村上春樹がいい」といってるのは、雰囲気だけでいってるんじゃないかと本気で思ってました。ノルウェイの森が流行ったときも、装丁がよかったんだと本気で思ってました。しかし、海外でも受け入れられて大人気になっていくのを見て、これは、オレの感覚の方がおかしいんだと、最近は強く思うようになってきました。

チュン時代によく話をしていたイシイジロウというプロデューサーは村上春樹ファンで、「どのへんン魅力があるのか」というのを、昔聞いてみたことがあります。彼がいうには、「文章がとにかく魅力的だ。自分もああいうふうに書けたらとあこがれる」という返事がかえってきました。

そうなんだ。文章がいいんだ。もう、それがわからない。そういえば、三島由紀夫というのも、相当苦手な作家ですが、彼も「美文」を書く作家として有名です。そこいらへんになにかがあるのかもしれません。

あと、似たような話ですが、「うまい演技」というのもわからない。「好きな演技」とか「きらいな演技」というのはあるんですが、「あの役者はいい演技をする」ということの意味がわからない。

というわけで、自分にはどこか欠陥があるんじゃないかと、常々、思ってます。
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by asano_kazuya | 2005-04-19 17:38 | 身辺雑記