数え方について思ったこと


一万円のことを「一万円」とはいうが、「万円」とはいわない。しかし、千円は、強調の意味をこめて、「一千円」ということはありうる。「千円」でも「一千円」でも、そんなに違和感ない。

百円になると、万とまったく逆で、「百円」といっても「一百円」とはいわない。まあ、それでも、無理やり強調していうくらいなら、あってもいいと思う。たとえば……

「えーと、お釣りいくらですか?」
「もにゃ円です」(うるさくて聞こえなかった)
「え? いくら」
「もにゃ円です」(やっぱり聞こえない)
「聞こえない!」
「いっぴゃく円です!」

……正直、無理やりな気はするが、あってもいいと思う。

しかし、十円を「一十円」というのは、ものすごく抵抗ある。存在自体許されない。許したくない。さらに、「一々円」にいたっては、もう、なんだかわからない。

上のケタを考えると、「億円」というのも、発言した途端、相手に「は?」と聞き返されるだろうし、「兆円」だと、絶対に「腸炎」としか聞き取ってくれないだろう。


思うに、身近な数字ほど具体性が増すので、数字としての「一」というのを頭につけることに抵抗があるのだろう。語呂のよさもあるかもしれないけど。

ちなみに、英語だとどうか。

"one ten" とはいわないが、"one hundred" はいう。「一百」というのが通常の表現なわけだ。ここで、百にたいする受け止め方の差が、英語と日本語にあることがわかる。英語の方が、日本語より、百のことを「とっつきにくい抽象的なヤツ」と考えてるのだろう。

あるいは、一ドルがだいたい百円くらいという相場に関係するのか。

すんません。話にオチないです。終わり!
[PR]
by asano_kazuya | 2006-01-19 14:12 |