「かゆみ」という選択


ライフワークというほど大層なものではないが、ずっと長い間考え続けている問題が、いくつかある。その中には、答えが見つからないまでも、新しい観点から考えることによって、自分なりに少しは納得できる答えを見つけられたものもある。

そんな問題のひとつ。

なんで蚊という生物は、人に「かゆみ」をあたえるという選択をしたのか?
これは20才くらいからの疑問だった。

「痛み」とちがって、この「かゆみ」という感覚は、すごく中途半端で、微妙で、煮え切らない。不快は不快だが、誰も「痛み」ほどには真剣に避けない。

夜寝ていて、蜂の羽音が近づいてきたら、おそらく慌てて飛び起きるだろう。しかし、蚊の羽音だと、「ああもう! うっとおしい!」くらいですむ。かまれるのはイヤだが、しばらくは暗闇で手を振るくらいで終わってしまう。で、結局2,3箇所かまれてから、やっと重い腰をあげて、殺虫剤をさがすために部屋の明かりをつけるのだ。

これは、なんというか、余裕のもてる「イヤさ」だ。「痛み」のもつ切羽詰った「イヤさ」とは、ずいぶん違う。それに、かまれたところを掻くと、それはそれで気持ちよかったりする。「イヤさ」どころか、快感とさえいえるかもしれない。

そんな「かゆみ」という中途半端な「イヤさ」を人に感じさせるよう、蚊という生物は進化してきたのだ。

でも、なぜ?

(続く)
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by asano_kazuya | 2004-09-01 20:50 | 身辺雑記