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どなたか、4畳半用のウッドカーペットいりませんか?

元は2万円くらいですが、ヤフオク見たら、6畳でもせいぜい2000円くらい。
梱包の手間を考えると、捨てたほうが楽かと思ってますが、もし、もっていってくれるなら
タダで譲ります。

すこし傷はありますが、十分使えます。
興味ある方は、メールください。メアド知らない人は、コメントに書いてください。連絡方法考えましょう。
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by asano_kazuya | 2005-04-27 12:25 |
今回は、ですます調で書いてみます。

時々、他人と自分の感覚がどれくらいずれているのかが、非常に気になります。10代や20代の頃のように、それが劣等感やコンプレックスになるほどのことはないんですが、一応は、エンタテイメント産業の末端に従事する人間として、あまりに世間一般の感覚とずれていると、まずいのではないかと思うのです。

世間で騒がれていたり流行っているものが、麻野にはサッパリわからないというものが、たまにあります。たとえばそれが若いアイドルだったりすれば、単に自分が年取ったなあですむんですが、そういうのじゃなくて、もう全国的に受け入れられていたりすると、けっこう悩みます。

ベストセラーや流行映画が自分の好みに合わないというのとも違います。たとえば、「世界の中心で愛を叫ぶ」という小説は、売り上げほどの内容とは思わないんですが、売れる理由は理解できます。マツケンサンバも別にそんなにすごいサンバだとは思わないが、流行るのはわかります。

ええと、まどろっこしくてすみません。本題書きます。ずっと悩んでるんですが、私、村上春樹のよさがさっぱりわからないんです。

サザエさんが国民的なマンガの地位を獲得するのも、水戸黄門が、お茶の間の人気をもってるのも、笑点がずっと続くのも好き嫌いは別にして、理解できます。しかし、ホントーに村上春樹だけはわからない。いや、否定する気はないんです。特に嫌いでもない。読んでておもしろいと思うこともあります。しかし、あれほどの読者を獲得するというのがわからない。

昔は、「村上春樹がいい」といってるのは、雰囲気だけでいってるんじゃないかと本気で思ってました。ノルウェイの森が流行ったときも、装丁がよかったんだと本気で思ってました。しかし、海外でも受け入れられて大人気になっていくのを見て、これは、オレの感覚の方がおかしいんだと、最近は強く思うようになってきました。

チュン時代によく話をしていたイシイジロウというプロデューサーは村上春樹ファンで、「どのへんン魅力があるのか」というのを、昔聞いてみたことがあります。彼がいうには、「文章がとにかく魅力的だ。自分もああいうふうに書けたらとあこがれる」という返事がかえってきました。

そうなんだ。文章がいいんだ。もう、それがわからない。そういえば、三島由紀夫というのも、相当苦手な作家ですが、彼も「美文」を書く作家として有名です。そこいらへんになにかがあるのかもしれません。

あと、似たような話ですが、「うまい演技」というのもわからない。「好きな演技」とか「きらいな演技」というのはあるんですが、「あの役者はいい演技をする」ということの意味がわからない。

というわけで、自分にはどこか欠陥があるんじゃないかと、常々、思ってます。
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by asano_kazuya | 2005-04-19 17:38 | 身辺雑記
これは勘違いでした。池上冬樹さん、すみません。池澤夏樹という方がいて、その人と完全にとりちがえてました。以前、池澤という人の本を読んで、「うーん。いい本なんだろうけど。あわないなあ」と思ったのでした。
本文にはありませんが、飯田さんが、ポロッと、「池澤夏樹と勘違いしてました」といったので、発覚しました。この場をかりて、訂正して謝罪します。


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「ベストセラー本ゲーム化会議:夜のピクニック編」の脚注です。
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by asano_kazuya | 2005-04-14 14:52 | BGK
映画監督。
代表作「HOUSE」、「時をかける少女」「さびしんぼう」など多数。
18歳くらいのとき、初めて「HOUSE」を観て、驚愕。
それからしばらくは、封切り作品は相当追いかけた。

いつの間にかあまり観なくなったが、一時期は、中毒患者のようになっていた。
今の40歳前後の男は、そういう時期があった人、多いんじゃないかな。

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「ベストセラー本ゲーム化会議:夜のピクニック編」の脚注です。
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by asano_kazuya | 2005-04-14 14:52 | BGK
三井住友のキャッシュカードのその後を書く。

4月になったらICカードの扱いが始まるというのが頭の片隅にあった。ある日、新聞でICカードの記事を読み、5月までなら無料で切り替えられると知った。4月11日、三井住友銀行へ行き、ICカードの切り替えを頼む。

「ICカードにするには1000円かかります」
「え、でも、無料とききましたが……」
「無料にするには、One's plus というサービスを契約してもらう必要があります」
「あ、そうなんですか」
「One's plus を契約すると、ある条件を満たすと、ATMの時間外手数料が無料になるという特典があります」
「条件ってなんでしょう」

パンフレットをもらった。見ると、給料振込みとか住宅ローンとか色々あるが、自由業のワシには縁がない。残高30万以上というのもあるが、いつもそうとは限らない。うーんと思っていると、「カードローンの契約」という条件があった。これは、一種のサラ金みたいなもので、短期間の借り入れができる契約だ。ワシはもともとカードローンの契約はしていた。ほとんど使ってないけど。

「それだと条件を満たしているので、無料になります」
「しかし、カードローンはほとんど使ってないんですよ。(利子高いから……とはいわなかった)」
「いえ、ご使用されてなくても、契約があればいいんです」
「なら、One's plus の契約します」

というわけで、One's plus にはいり、ICカードもお願いして帰ってきた。ところが、今日の午前中、三井住友から電話があった。

お客様のカードはICカードにできないことがわかりました
「え? どうしてです」
「国際カードとカードローンの契約をしているカードはICにできないんです」

国際カードというのは、海外のATMも使えるという機能だ。「お客様、海外旅行はよくされるんですか?」と聞かれたがそういう問題じゃない。カードローンがあるから、手数料無料だからワンズプラスオッケーで、だからICが無料で……なんだか頭がこんがらがってきた。元々は、磁気がいかれてカードが使えないので、それを解消するのが目的だ。その旨伝えたら、「それでしたら無料でお取替えします」とのこと。

「ええー! 前に、有料だっていったじゃない! だから、こんなややこしいことになったのに!」

との旨を丁寧に伝えると、「破損、紛失は有料だが、磁気が減退した場合は無料」とのこと。前に店員にいわれたのは、ウソだったのだ。
だったら、単にカードの切り替えをしてもらうだけでいいというと、「店に来てくれ」といわれ、来店を約束する。

でも、それなら、One's plus にはいる必要があまりない。今までどおりでかまわない。ただ、ATMの時間外手数料が無料になるのは便利なので、どうしようと思い、11日にもらったパンフレットを見てみた。すると、時間外手数料うんぬん以前に、One's plusの利用料というのが、210円かかるとのこと。

えー! 聞いてないよ。

「とにかく、行くしかない。行って、ICカードもやめて、One's plus もやめよう。カードの切り替えだけしてもらう」

そう思って店にいってみた。すると、「カードローンの契約をしていたら、利用料も無料」とのこと。「ATM使用料だけじゃないんですか」ときくと、前にもらったのと別のパンフレットを持ってきた。それによると、カードローンの契約があると、両方とも無料と書いてある。

「じゃあ、One's plus はいってもいいです。あと、カードの切り替えお願いします。ICはいいです」


ということで、なんだか時間がかかったが、無事、切り替えができることになった。10日ほどかかるらしいが、まあいい。銀行の人も、色々迷惑かけたと平身低頭で、粗品もくれた。ティッシュとラップ。これだけのことで相当気分よくなって、バスに乗ってよくよく考えると、これだけのためにバス乗って来たんだから、バス代の420円とどっちが得だったか疑問だ。でもまあ、気持ちの問題だと思って、バスが動き出してから気づいた。

傘忘れた。

これは、オレが100%悪いんだが、やっぱ相性悪いのかなあ。
そう思いながら、家に帰って、11日にもらったパンフレットで利用料のことを確認してみる。無料になる条件は、「カードローンの残高があること」と書いてある。つまり、借金したいといけないのだ。しかし、今日もらったパンフレットは、「カードローンの契約があること」と書いてある。今日もらったのは薄いパンフで、前にもらったのは詳細が書いてる厚いやつだ。

???どっちなんだ???

傘のこともあるので、電話した。傘はやっぱり銀行に忘れてたらしく、見つかった。「残高」なのか、「契約」なのかを確認すると、「契約」とのこと。でも、11日にもらったパンフレットだと、「残高」だよというと、パンフの日付をみてくれといわれる。見ると、去年の11月だ。それは古いらしい。4月1日にパンフが新しくなって、それだと、「契約」になっているとのこと。4月11日にもらったパンフが古かったのだ。

うーん。窓口の人も丁寧だし、親切だし、悪気もないし、失敗したとしてもささいなことなんだが、なんつーか、相性わるいのかなあ。それとも、オレに問題があるのだろうか。

ケチだからか? 200円とか1000円に細かいから、トラブルになるのか?

やっぱそうなんだろうなあ。最初に、さっさと、1000円でカードを切り替えてりゃ、こんな問題起きてないよなあ。きっとケチをやめれば、バスのドアにはさまれることもないんだろう。タクシー乗ればいいんだ。雨の日は。あーあ、だんだんイヤになってきた。
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by asano_kazuya | 2005-04-13 15:57 |
前々からゲーム業界はせまいと思っていた。知り合いを二人ほど間にはさめば、業界人全員とつながるようなイメージを持っていたが、本屋でこんな本を見つけた。
a0016446_17143837.jpg

これによると、間に6人の人間を介在すれば、世界中の人間はみなつながるらしい。つまり、麻野もブッシュ大統領と知り合いの知り合いをたどっていけば、6人以内でつながるのだ。

ちょっとやってみた。
うちのオトンは坊主だが、檀家に宮沢元首相がいる。

麻野→オトン→宮沢元首相→小泉首相→ブッシュ大統領。

なんと、間3人でつながった。もしかしたら、小泉首相はいらないかもしれない。そうなると、ブッシュと麻野は間二人でつながる。確かにこうやっていくと、6人というのは納得のいく数字だ。日本のゲーム業界は二人という実感も、そんなにはずれてない気がする。
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by asano_kazuya | 2005-04-12 17:15 | 身辺雑記
最近、銀行や役所の文句ばかり書いているが、ネタが尽きないのでついつい書いてしまう。今日は、バスの話。

雨の中、息子を病院に連れて行くため、乳母車でバスに乗車。行きのバスはいい運転手だった。バス共通カードの購入にあたり、領収書を頼むと、忙しい中をやりくりして、なんとかやってくれた。腰も低くていねいだった。申し訳ないくらいだった。

それに比べると、帰りはイマイチだった。降りるとき、バスから乳母車をおろしたいが、出口がせまいのと荷物があるため、傘と同時にはおろせない(前、それをやろうとして傘がオシャカになった)。先に乳母車をおろして、後から床においた傘を取ろうと手を伸ばすと、ドアが閉まった。体は路上、腕と傘は車内。そのまま発車するバス。すぐに気づいて解放されたが、ドアは意外と力が強く、そのあとしばらく腕が痛かった。つーか、あのまま運転されてたら、死んでたな。ワシ。1歳半の息子の目前で、バスに引きずられ、死ぬ父親。雨がザーザーふり、血が路上に流れ落ちる……壮絶や。

いつも思うが、親切ないい運転手と、悪い不快な運転手がいる。できれば、給料やボーナスで差をつけてほしいんだが、なんとか、それを実現する方法はないだろうか。乗客のジャッジが、給与体系にモロひびくようなシステムがあれば、運転手、乗客双方にいい循環が始まると思うのだけどなあ。

文句や感謝を会社に伝えたいが、下りてしまっては、運転手の名前がわからない。とにかく、名前を覚えておいて、あとで電話するしかないなあ。今は。

そうだ! バスの後ろに、でっかく運転手の名前を書くのだ。そしたら、下りてからでも名前がわかる。まあ、書きながらダメな匂いがプンプンするけど。
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by asano_kazuya | 2005-04-11 21:19 | 身辺雑記
用事があって、武蔵野市役所に電話した。電話にでた女が、「なんとか番号をいえ」といってきた。郵送してきた書類にかいてある番号だ。その番号を伝えると、自動的に麻野の情報がわかるらしい。で、伝えると、いきなり「まのひとなりさんですか?」と聞いてきた。

麻野は名前を「一哉」といい、「あさのかずや」と読む。今まで、何度か呼ばれ間違いをしたことはあるが、「まのひとなり」と呼ばれたことはなかった。42年生きてきて、はじめて、かつ、最大の読み間違いだ。「の」しか合ってない。

中学時代の友人に、仁谷元という男がいて、こいつは、「にたにげん」と読むのだが、一度、担任ではない先生に、「じんやもと」と呼ばれて、大笑いしてたことがあった。

そんなことも思い出しながら、思わず笑ってしまって、「あさのかずやです」と答える。すると、相手は「は?」という反応。「あさのです」ともう一度言うと、「ああ、これ、あさのとお読みするんですね。で、ひと……」と、またいおうとするから、「かずやです」「は?」「かずや」「はい、かずやですね。りょうかいしました」となって、次は住所電話と事務的に話が進んだ。

不思議だったのは、「あさのかずや」と読むのが、「すごく意外です」という口調だったことだ。まあ、もしかしたら、オレが笑ったので恥ずかしくなったか、プライドを傷つけられてむかついて、あえてあのノリをを通したのかもしれない。それにしても、さすが、公務員。悪意はないにしても、人の名前を読み間違えておいて、最後まで「失礼しました」がなかった。

それはともかく、ある意味、自分の限界を思い知らされた気分だ。

そうか、「ひとなり」と読むか。

今まで、「一哉」は「いっさい」と読めるなとか、奇を衒って「マイナスや」とか、「あさのーや」というのは考えたことはあるが、「ひとなり」は盲点だった。いや、確かにこれは、読める。あってもおかしくない。これはいい。なにか、もうけたような気がする。

「魔の人なり」
カッコいいな、うん。
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by asano_kazuya | 2005-04-06 11:58 | 身辺雑記
三十代のある日、ふと「目的主義」という言葉を思い出した。35,6歳の頃かなあ。

むかし、予備校に通ってた頃、「目的をもってそれに向かって努力する者」のことを「目的主義者」と呼んで軽蔑していた。「あいつは、目的主義者だからな」といいような言い方をしてあざ笑っていたのだ。

で、その言葉を20年ぶりくらいに思い出し、その意味も思い出したのだが、なんで軽蔑してたのか、その理由が今となってはさっぱりわからない。つーか、普通に考えたら立派じゃん。目的主義者。

でも、確かに軽蔑してたのは覚えてる。それに、その「目的主義者を軽蔑する」という心性は、少なくとも、22,3才頃までは、自分の中に確実にあったような気がする。社会に出て、働いているうち、いつの間にか忘れていたのだ。それで、今となっては、もう、なんでそんな思いをもっていたのかすら、さっぱりわからなくなってしまった。

しかし、それって気持ち悪い。「ほら、アレ、何やったっけ……。ほら、あのギャグマンガ。古谷なんとかの描いてた、ほら、あの……」みたいなものである。なので、それからずっと、何年も、なんで軽蔑してたのか、その心性を思い出したいと願い続けていた。

ひとつには、自分への正当化かなとも思った。予備校で、周りはみんな受験のために一生懸命勉強している。でも自分は勉強したくない。だから、「せこいなあ。勉強ばっかりして」と、怠け者の自分への正当化の理論を作ったということ。

しかし、これはどうもしっくりこない。そういうのって、本音の部分では単なる強がりだとわかってる。でも、そういうことじゃなかったのだ。説明しづらいが、自分の感情にウソはつけない。そういうのじゃなかった。第一、当時、受験勉強をちゃんとするヤツは、当たり前に、えらいと思ってた。むしろ、「目的主義者の軽蔑」は、受験とは関係ないところで、感じてたような気がする。

その後、麻野は会社をやめ、子ができ、と毎日が変わっていった。生活が変わり、立場が変わると、ものの考え方も変わる。今までと違う視点でものを見るようになる。そのおかげだろうか。この前、バスに乗ってるときに、不意に思い出した。というか、あ、これかなというものが湧いてきた。

不純なのだ。目的主義者は。将来のために現在を犠牲にしている。現在を生きることに不誠実なのだ。

そのバスの中で、ついでに大学時代のエピソードもひとつ思い出した。演劇部でのできごとだ。ときおり卒業したOBが練習を見に来る。あるとき、「演劇部時代に経験したことが、後に役に立った」ということをいうOBがいた。それ自体は、別にどってことない話だ。というか、普通、逆はいわんだろう。「演劇部時代に経験したことは、後の人生で、まったくムダだった」と聞かされたら、現役はなえる。だから、そのこと自体はたいしたことない話だ。「だから、がんばって、いい芝居作りなさい」という先輩の励ましにすぎない。

しかし、後日、後輩のO村というのが、そのときのあいさつを持ち出してきて、「あの話、嫌いでした」といったのだ。それを聞いて麻野は、すぐに意味がわかった。そして非常に共感した。つまり、こういうことだ。

「オレたちは、後に役にたちたいと思って、今、芝居をしてるんじゃない。今、したいからしてるんだ。役にたつとかたたないとか、打算的なことは考えたくもない。汚らわしい!」

この話も同時に思い出すことによって、「目的主義者への軽蔑」の心性、やっと解いたと、ほぼ確信した。(「ほぼ」というのは、1%ほど、記憶に自信がないのだ。O村との話は完全に覚えてるのだが、予備校のときのは、まだ100%確信がない。上の、「ほら、あれなんやったっけ?」のマンガは、「稲中卓球部」なのだが、「縄中卓球部」だったような気がするくらいの、自信のなさ」だ。でも、まあ99%はそうだと思ってる。)


今、現在していることに自分自身を投げ込むのは美しいが、将来のために何かをするのは、打算的で美しくないのだ。だから、目的に向かって努力するものは醜いのだ。これが、「反目的主義」です。


誤解のないようにいっておきますが、私の今の考えとは違います。昔、そういうことを考えてたんだというだけの話です。
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by asano_kazuya | 2005-04-04 13:21 | 身辺雑記
先日、フレッツ光の件で訪問してきたNTTの人は、「谷亀さん」という名前だった。
フレッツにはいろうと思ってNTTに電話すると、「谷川さん」という方が出た。
次の日、また電話すると、今度は「谷林」さんという方が出てきた。
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by asano_kazuya | 2005-04-01 13:19 |