<   2005年 10月 ( 6 )   > この月の画像一覧

またもや銀行の話だが、今回はほめてます。

今日、りそな銀行の口座を解約した。あさひ銀行の口座を残高ゼロのまま5,6年ほったらかしにしていたのだが、ムダな口座なので、閉じたかったのだ。

まずは、近くの世田谷支店に電話を入れる。若い女性の声。非常にハキハキとした頭のよさそうな、かつ上品な対応で、満足。色々調べてくれたところ、おそらくすでに口座は自動的に消滅している可能性が高いとのこと。ただし、詳細は口座を作った支店に尋ねた方がよいとのこと。すぐにその支店に電話する。

電話口にでた男性は、早口すぎてなにをいってるのかよくわからない。とりあえず用件をいうと、別の女性と交代。よくあるパターンだが、まったく用件の引継ぎがなく、また一から説明。

この女性は、いわゆる天然ボケ系。悪い人ではないが、要領を得ない。結局わかったことは、残高がゼロになったあと2円だけ利息がついたため消滅はしていないということ。ただし、長い間ほおっておいたため休眠口座になってるとのこと。

「2円くらいいらないんですけど、解約したほうが迷惑かかんないんですよね」と聞くと、「実はそうです」といった意味の笑い声。世田谷支店でも解約手続きはできるとのことなので、昼飯をかねて足を運ぶことにする。

このりそな銀行世田谷支店。ものすごく対応がよかった。今まで、銀行でこんなにまともな対応をしてもらったことがない。礼儀正しく、明るく、親切で血がかよってる。たまたま、麻野の古い住所が武蔵野だとわかったら、「私も三鷹です」との返事。それだけのことだが、好感度が信じられないほどあがった。まともだ。まともな会話だ。人と人とのふれあいだ。手続きに少しまたされたが、自分のために働いている行員に感謝の念を持ちながら、ずっと気持ちよく待てた。

休眠口座をさがしあてるのは他支店からだとやはりすこし困難だったらしく、おもったより時間かかった。窓口で5~10分くらい待たされ、その上、もっとかかるとのことで、いったん外で時間をつぶすことになった。しかし、それでもまったく腹がたたない。ちゃんとした謝罪と会話が成立してるので、いくらでも待てる。

なんでこんなに他の銀行とちがうのか? 皮肉な話だが、人気がないからかもしれない。人気(にんき)がないから、人気(ひとけ)もない。三大メガバンクに比べると、段違いに客がすくないのだ。そのくせ、店内は広く、行員も多い。だいたい、店にはいってすぐの待ち時間がなかった。入店すると、すぐにフロアレディ(というのか?)が飛んでくるが、他に誰もいないため麻野専属だ。待ち番号をしめす紙をもらったとたんに、もう呼ばれる。俺の他には手続きを待ってる客は2,3人。キャッシュディスペンサーもガラガラ。こういった余裕が、結果的に人間らしい対応を生むのかもしれない。

しかし、待ってるあいだに色々みると、すごくいいぞ。りそな。

口座手数料もゼロだし、時間外手数料も、割りと楽にゼロにできるシステムだ。同行への振込み料もただだし、使い勝手がすごくよい。唯一不安材料は、カードのセキュリティ面の甘さだが、それほど高額の預金をしなければ、生活口座としては問題ない。

あまり好感もったので、よほど、口座を開きなおそうかと思ったが、元々解約のために来たので、ぐっとこらえた。でも、UFJとか、みずほとか、あんまり口座管理料とか時間外手数料が法外なら、そっち解約して、こっちに乗り換えるつもりだ。

「この支店で口座開くには印鑑をもってくればいいですか?」と水を向けると、他に必要なもの(身分証)とかを説明してくれるが、今すぐ作れという態度はおくびもださない。それどころか、「ご近所にお住まいでないとつくれません」とまで行ってくれる。商売っ気がないのかとも思ったが、好感度路線突っ走り中なので、潔い態度にしか見えない。

とりあえず、りそなの株でも買うか。でも、大体、行員の対応がいい銀行は、内部に矛盾抱えてること多いんだよなあ・・・・・・経験上。
[PR]
by asano_kazuya | 2005-10-21 20:38 |
先日、citibank の口座を閉じた。

1998年に作ったときは、まだネットバンクもそれほど普及しておらず、外貨預金も今ほど広がっていなかったため、新鮮味があった。

一時期はメインバンクとして使っていたときもあったが、口座を開いた吉祥寺支店が立川支店と統合されたあたりから、なんとなく使いづらくなって、ほったらかしにしていた。30万以下だと口座維持手数料がかかるので、それくらいの金だけをいれていた。

しかし、そのうち、その最低額が30万から50万にあがった。しょうがないので預金を増やす。またしばらくそのままにしておいたが、だんだんバカらしくなってきた。低金利なので1年に1円も利息がつかない。

1年ほど前、円高傾向になったので思い立って50万円をドルに替えてみた。替えてみて驚いた。手数料がバカ高いのだ。売り買いで1円ずつ取るから、単に売買しただけで、2%ほどとられる。その当時、112円だったから、2/112円で、ほぼ2%。

50万をドルに替えると5千円、それをまた円に替えると5千円、両方で1万円とられることになる。これだと、114円まで円安が進まないと、トントンにすらならない。ドル預金の利息といっても、そんなにたいしたことないし。

株だと100万円くらいの資金でも、500円~1500円ほどの手数料だ。往復で1000円~3000円ほど。往復で1万円などありえない。

昔、citi に口座を開いた頃は、そういった株の知識もなかったし、相場も知らなかった。だから、為替手数料が1円ときいても、そんなもんかと思ってた。しかし、現実を知ってしまったら、アホらしすぎる。ソニーバンクだと、0.25 円だし。

なんとなくノリでドルにしてしまった50万円だったが、その後円高が進んだため、身動きがとれなくなった。塩漬けだ。それが、やっとここへ来て、また円安になってきた。なので、112円でドルに替えたのを、やっと114円で円に戻した。結果、利息も含めて、1年ちょっとで4千円ほどの儲け。

年利0.8%。普通預金よりはいいかもしれないけど、リスクを考えると割にあわない。

そんなこんなで、50万円寝かしておくのも惜しいし、手数料高いしということで、口座を閉じることにした。解約時、なにかいわれるかと思ったが、さすが外資系。ものすごくビジネスライクで、何にも言われなかった。麻野にしてみたら、7年ほどのつきあいだったので、少はしウェットになってたんだが意味ないことを実感。

さ、次は「あさひ銀行」の口座閉鎖だ。こっちは、日本の銀行だから、なにか言われるかな?
[PR]
by asano_kazuya | 2005-10-20 17:03 |
日本のおたく文化というか子供向けカルチャーというかの大きな流れのひとつに、ヒーローものがある。仮面ライダーとかウルトラマンとかそういったものだ。麻野も、今はあまり関心ないが、子供の頃は大好きだった。

ある時、疑問に思った。なんで、日本でだけ、こういったヒーローものがここまで発達したんだろうか。

もちろん、アメリカにもヒーローものはある。スーパーマンとか、スパイダーマンがそうだ。しかし、タイトルの数にせよ、バラエティの豊かさにしろ、日本のとは比べられないんじゃないだろうか。

たいていのものが、アメリカで先に流行って、日本が後追いをする。アニメも、まずはディズニーがあって、手塚治虫がそれにあこがれたというのがあった。しかし、日本のヒーローものはちょっと違うように思う。若干流れがずれるが、ゴジラ、ガメラという怪獣映画の路線とヒーローがくっついてウルトラマンが生まれ、すぐに仮面ライダーが出来、というあたりで、その後の路線が決定して、やがて戦隊ものという新たな路線を生むにいたった気がする。こういう大きな流れとしてのヒーローものというのは、日本独自のものなんじゃないだろうか。

もしかしたら、麻野の知識がないだけかもしれない。それだったら話にならんのだが、とりあえず、ヒーローものの充実に関して、「日本>外国」という前提で話を進める。

で、麻野なりに出した結論を先にいう。ヒーローものが日本で発達した大きな理由。それは、「敗戦と憲法第九条の存在」だ。戦争に負けて、交戦権をなくしたことが、日本にヒーローものの爆発的な充実をもたらしたのだ。

子供のとき、アメリカの戦争映画というのはよくあるけど、日本のはあまり見たことないなあという印象があった。それも、難しいのではなく、あっけらかんとしたやつ。「インディアン悪モンやから、殺せ! ヒャッホー!」とか、「ドイツ軍、悪いから殺せ! イエー」みたいなの。日本の戦争映画というと、暗い重いのばっかりだった。「朝鮮をロシアの魔の手から守れー! ウオー!」みたいなのは、見たことない。基本的に全部反戦映画だったように思う。

で、なんでそうなるかというと、前の戦争で敗けたと。それも、ギリギリに苦労して負けた。もう戦争はこりごりだと。「戦争=悪」だと身にしみた。国民の総意として、交戦権もいらんと。だからもう、戦争に勝ってうれしい映画も作りたくない。ドンパチはもういい。スッとするより、イヤな思い出しかないから。むしろ、戦争の悲惨さを後の世代につたえていきたい……というのが能天気系戦争映画が作られなくなってきた理由じゃなかろうか。

アメリカも、ベトナム戦争に負けてからは、能天気戦争映画が減って、反戦色の強い映画も作るようになった。多かれ少なかれ、敗戦はそういう影響をおよぼすんだと思う。で、日本の場合、やられ方がコテンパンだったので、それがいまだに続いてる。

とはいえ、人間は戦争映画っぽいものは、本音では見たい。好きだ。悪者を退治したい。正義(自分たち)が、悪を叩き潰すところを見て、すーっとしたいのだ。でも、もうどっかの国を悪者にするのは、できない。となると、悪を作るしかない。それが、宇宙怪獣だったり、ショッカーだったのではないだろうか。

機関銃で人を撃つシーンはテレビで流せない。憲法第九条の国としては。でも、相手が戦闘員だったら、できる。人のコトバを話さない、「イー! イー!」と叫んでるだけの、死ぬときは爆発したり溶けたりするような化けもんなら、いくら殺したってかまわない。怪獣もそうだ。バルタン星人なんて、セミの化けモンじゃないか。いてまえ! いてまえ! というわけだ。

もちろん、ジャミラみたいな怪獣もいるので、個々の例に関しては例外はある。しかし、全体を大きく見渡したとき、日本でなんでこんなにヒーローもの。怪獣ものが発達したかの理由に、「敗戦と憲法第九条」は大きな理由になってると思うんですが、いかがでしょう?
[PR]
by asano_kazuya | 2005-10-07 14:54 | 身辺雑記
今日、渋谷のあるうどん屋にはいった。ネットで評判を知った店だった。特にうまいというわけではないが、割りと有名らしい。実は、前に一度訪れたのだが、その時は開店寸前で、すでに人がならんでいた。基本的にならぶのが嫌いな人間なので、その時は入らずに帰った。

今日行ったら、特にならんでる人はいない。中へはいってカウンターに座り、「きつねうどん」を頼む。

隣で食ってる人を見ると、なんだか妙に量が多い。時間は4時。中途半端だ。急に腹がへってきたのだが、晩飯までのつなぎをめざしてたので、あまり多いと困る。そう思いながら、待つ。

意外と待たされる。それはまあいいが、なんだか臭い。どうも、店員のオバちゃんの化粧の匂いがきついのだ。そのオバちゃん、落ち着きがなく、店の外に出たり、客席の方に来たり、厨房に入ったりと、ウロウロする。そのたびに匂いが移動する。そのうち、食い終わった客がタバコを吸いだした。いつもなら、近くでタバコを吸われるとガッカリするが、今回はむしろ歓迎した。タバコのおかげで化粧のにおいがまぎれる。

やがて、うどんが来る。油揚げを見てぎょっとする。見た目がバリバリなのだ。ふつう、きつねうどんの揚げは、しっとりしてるのに……。まあいい。麺をすする。

ん?

味がしない。ダシがどうこうじゃない。うまいうどんは、麺だけでもうまい。しかし、この麺は味がしない。砂をかむようなというといいすぎだが、とにかく食った気がしない。それに、太さが不均一なので、ゆですぎで柔らかくなってるところと、固いところが混在していて気持ち悪い。

汁を飲む。薄い。ものすごく薄い。だしの味がほとんどしない。薄い塩味しか感じない。

あせってきた。これはもしかしたら、ダメなんじゃないか?

油揚げをかじる。

まずい。

あからさまに、まずい。甘すぎる。それに、バリバリ。

麺やうどんはまずいのではなく、味がしないのだが、これは本当にまずい。気持ち悪くなりかけて、あわてて麺をすすって、口の中から味を消す。

2,3口すすると、もう飽きてきた。というか、苦痛になってきた。「飽食、日本」という言葉や、「アフリカの飢える子供たち」の映像が脳裏にうかぶ。なるべく残すのはさけたい。店の人も気分悪いだろう。前に一度、中華料理屋で半分残したら、店長に悲しい顔をされて、「まずかったですか?」と尋ねられたことがある。その二の舞はさけたい。

もしかしたら、さっきのは思い違いかもと思って、もう一度油揚げをかじる。

やっぱりまずい。現実は非情だ。

こうなったらしょうがない。七味でごまかして食おう。そう思って七味をかける。

この七味がまた、臭い。

信じられないほど完璧! 完璧な仕事だ! 七味が臭いなんて、今まで体験したことがなかった。そのうえ、七味をかけると、汁の薄さがより強調されて、もう耐えられない。

思考が次の段階に達した。さっきまでは、残すか食うかどうしようか考えていたが、今はちがう。どうやって逃げようか、その逃げ方を考えていた。器の中には、うどんは半分以上残っている。揚げにいたっては、9割残っている。もう、いっそ、千円札をだまって置いて、何も言わずにでることも考えたが、それだと余計角が立つ。

勝手なイメージだが、化粧くさいオバちゃんに見つかると、舌打ちされそうだ。他に、若い女店員がいて、さっきから見てると、こっちは愛想がよさそうだ。ウロウロするオバちゃんがもっとも遠ざかった瞬間をねらって、席を立つ。レジは目の前にある。左腕で器を隠し、残しているのがわからないようにしながら、千円札を出す。

釣りをもらって、逃げるように出口に向かう。意外なことに、オバチャンは愛想のいい声でお礼をいってきた。「ありがとうございましたあ!」。厨房からも声がする。「ありがとうございましたあ! また来てくださーい」。

罪悪感でいっぱいだ。たまったもんじゃない。しかし、それにしてもきつねうどんを残したのは、生まれて初めてだ。オレが適当につくってももっとうまくできる。おそるべし、○○!(店の名前はふせます)





つーか、固定ファン多いみたいなんだけど、なんで?
[PR]
by asano_kazuya | 2005-10-05 18:40 | 身辺雑記
今日の夕刊に、「がん細胞を自滅させるたんぱく質が見つかった」とあった。こういった記事を見るたびに、麻野は心臓がキューッっと縮む思いがする。

なんでか。

もしこの記事を余命数ヶ月のがん患者が見たらどう思うだろうか、とか。もし自分がその立場やったら、この記事読んだら、いてもたってもいられないんじゃないか、とか、ついつい考えてしまうのだ。

治るかもしれない。その可能性が、その記事にある。しかし、現実にはマウスだけに効いたとか、アメリカの話だとか、認可がどうとか、臨床試験がどうと、たちふさがる壁がやまほどある。それも、物理的な障害だけではなく、法律その他の人工的な壁も多い。

ダメもとで、そのたんぱく質、くれ!

そういう思いで、病室で抜けていく髪の毛を見たり、苦痛を耐え忍んでいる人がいるんじゃないかと思うと、しんどくなるのだ。
[PR]
by asano_kazuya | 2005-10-04 19:49 | 身辺雑記
この一週間ほどで、スターウォーズのエピソード4,5,6を立て続けに観た。エピソード4は高校生の時にリアルタイムに観たのだが、それ以来あまり関心がなく、たまたまテレビでエピソード1を観た以外は、まったく観ていなかった。しかしまあ、これだけとてつもない支持をうけている映画なので、ちゃんと観ておこうと思い、観始めたのだ。

感心したのは、毎回ちゃんと「見たことのないものを見せてくれる」ということだった。たとえば、4の冒頭の長く続く宇宙船のシーン、ライトセーバー、ダースベーダーの造形や呼吸音の組み合わせ。5のデススターとその仕組み。6では、作りかけの月(デススター)が空に浮いているし、樹木生活者の村の構造もおもしろい。もちろん、クリーチャーの造形も動きもすばらしい。

思い起こせば、ウルトラマンや仮面ライダーも、今まで見たことのないモンスターが見たくて、毎週みてたような気がする。初めての造形、初めての演出というのは、やはり、エンターテイメントの大きな要素だ。そして、それを誰かがすぐまねる。たとえば、インディ・ジョーンズの、洞窟を巨大な石球が転がってくるシーンなど、たくさんの映画、アニメ、ゲームで真似されてる。

昔、蜷川幸雄の芝居で、バカみたいにでかい月をだしたことがあった。今までそんなでっかい月はみたことないのですごいと思っていると、あっというまにあちこちの映画やマンガで、それを流用しだした。

主人公が力を込めたときに地面に転がっている小石や岩が宙に浮く演出は、ドラゴンボールでよく見たが、元々は宮崎駿が先駆者らしい。エヴァークエストというゲームで、樹木生活者の村の造形があり、初めて見たときに、おもしろいと思ったが、今回エピソード6を見て、これから影響を受けたことがわかった。(おそらく、ほとんどの人はそんなことはわかった上でゲームをしていたのだろうが)。

「見たことがないもの」は、それがすごければすごいほど、後の人は真似をするし、いつしかそれがスタンダードになっていく。そして、また進化をする。そう考えると、ミステリーにおけるコナン・ドイルなど、とてつもない影響力だ。

どの分野でも、そういう、次世代のスタンダードになるパワーを秘めた、「初めて見るものもの」が、後世に残るエンターテイメントになっていくし、また、売れるんだろうと改めて思った。
[PR]
by asano_kazuya | 2005-10-03 14:48 |